私たちには日々のスケジュールがあります。頭の中、全部覚えられないので、どこかにメモしておきます。昔は主に手帳を使いました。現代は主にスマホのアプリを使います。自分もファミリーホームになるまでは手帳を毎年買いました。しかし、ファミリーホームになってからはスマホのアプリを使ってリアルタイムで更新しながらファミリーホームの関係者は全員スケジュールを共有しています。すでに決まっていたスケジュールでさえ、急に変わることがあります。決めていたスケジュールが急に変わることは結構のストレスになります。急に一日のスケジュールを急に再調整しないといけまません。
皆様は性格上、すでに決まっているスケジュールが急に変わるといかがでしょうか? ある障害を持っている方はすでに決まっているスケジュールが急に変わると耐えられないそうです。
私たちは日々のスケジュールだけでなく、毎年のスケジュール、将来のスケジュールを計算しながら生きています。歳を取ると最終的な段取りを考えます。最後の時間が告げられたら、私たちは何をするのでしょうか? 私たちは今日の箇所を通して日々のスケジュール、人生最後を予め黙想してみたいと思います。
1.総督ピラトの一日
夜が明けた途端、ピラトの一日が急に始まりました。総督ピラトは急かしている祭司長達のせいで急に起こされ、一日が始まりました。急かしている祭司長のせいで朝から一日のスケジュールがおかしくなりました。昨日まで予定に無かった十字架刑の実行が急に入りました。ピラトは祭司長達に腹を立てながら一日を始めました。最初、予定にも無かったイエス様の十字架刑がその日のすべての仕事となりました。ピラトは当時、第一の権威者なので、普段はピラトの都合に合わせてタイムスケジュールを立てました。ピラトが強く粘って、「今日は十字架刑無し」と宣言して、イエス様を「しばらく監禁したままにしておく」と宣告すればそれで終わりです。一日のスケジュールを彼の思い通りに立てられる権限がピラトにありました。それなのに、ピラトは急かしている祭司長たちに腹を立てながらも、結局、その日のすべてのスケジュールを全部ストップして十字架刑を実行しました。確かにその日のスケジュールを調整する優先権はピラトにあったのに、ピラトが決めたのではなく、誰かによって決められた気分でした。
2.イエス様の最後の一日
夜が明けるところからイエス様の最後の一日が始まりました。イエス様の最後の一日はすでに決まっているスケジュール通りになりました。イエス様は前日の夜中、ゲッセマネの園ですでに心の準備ができていました。今日の一日が予想通り、予定通り、旧約の預言通りでした。イエス様の最後の一日は悲惨なことばかりです。人々に嘲られることばかりです。
17イエスに紫の衣を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、
18「ユダヤ人の王様、万歳」と叫んで敬礼し
19葦の棒でイエスの頭をたたき、唾をかけ、ひざまずいて拝んだ。
24彼らはイエスを十字架につけた。くじを引いて、だれが何を取るかを決め、イエスの衣を分けた。
29通りすがりの人たちは、頭を振りながらイエスをののしって言った。
30十字架から降りて来て、自分を救ってみろ。」
31祭司長たちも律法学者たち、代わる代わるイエスを嘲って言った。「他人は救ったが、自分は救えない。
32一緒に十字架につけられていた者たちもイエスをののしった。
これらの内容はすでに旧約聖書のイザヤ、詩篇などから予想されていた内容です。イエス様がこの一日のスケジュールを計画したわけではありませんが、預言通りになりました。
人間は誰でも、素朴な願いは最後の日、静かに、穏やかに、平和の中、最後の瞬間を迎えたいものです。しかし、イエス様の最後の時間は悲惨なことばかりです。体も傷だらけでぼろぼろ、心も悪口をさんざん浴びてぼろぼろ。今まで受けていた悪口以上のものを浴びました。
3.クレネ人シモン
クレネ人シモンはイエス様の代わりにゴルゴタまで十字架を背負った人です。彼はクレネ人と書いてあるので、クレネと言う海外で生まれたユダヤ系の人です。過ぎ越しのためにわざわざ海外からエルサレムまで来た人です。この過ぎ越しをエルサレムで祝うために、相当長い間、スケジュール調整してきました。スケジュールだけでなく、長い間お金も貯金して、やっとエルサレムに来ました。何が起きたのかも知らず、ただ大勢の人が集まっているのを見て、誰から聞いて、ただイエス様の十字架を見物していただけなのに、無理矢理にイエス様の十字架を背負わせられました。一日が台無しになりました。今までの長い旅行が台無しになりました。過ぎ越しのお祝いに参加するため、わざわざ海外から来たのに、過ぎ越しの食事に参加できなかった可能性が高いです。死体を触った人は過ぎ越しの食事に参加してはいけません。旧約聖書からの堅い戒めです。
一日のスケジュールがめちゃくちゃになったので、彼は腹を立てたら良いでしょうか? 彼が腹を立てるのであるなら、誰に腹を立てたら良いでしょうか? イエス様に腹を立てたら良いでしょうか? 兵士たちに腹を立てたら良いでしょうか? 体が丈夫なせいで代わりに十字架を背負ったので、彼自身に腹を立てた方が良いでしょうか? 皆様は一日にスケジュールがおかしくなると誰に腹を立てているのでしょうか?
4.二人の強盗
二人の強盗は今日の箇所に登場する人物の中で相当悔しい人たちです。彼らは昨日の時点では死刑になるはずではありませんでした。ピラトは愚かな人ではないので、さすが過ぎ越しの日に死刑を実行しません。過ぎ越しの日に、一番喜びの日に死刑を実行することは全ユダヤ人への冒涜です。そのわけで、何があろうと死刑になるはずのない丁度その日、二人の強盗は急に十字架になりました。イエス様のせいで、彼らの命は急に終わることになりました。ですから悔しくて、悔しくてたまりません。ですから、一緒に十字架につけられていた二人の強盗たちもイエスをののしりました。イエス、お前のせいで急に死ぬことになったと。二人の強盗は悔しくて誰かに悪口を言いたい気分でしたが、丁度イエス様にその悔しさを向けました。二人の強盗は悔しさの故にイエス様をののしりました。
ところで、この二人の強盗に確実に保証されている時間というものはあるのでしょうか? 人間と言うものに確実に保証されている時間はあるのでしょうか? 私たちに確実に保証されている来年というものはあるのでしょうか? 私たちは一日のスケジュールがおかしくなると腹が立ちます。自分自身もスケジュール通りいかないとため息をつきます。牧師という仕事はいつでも皆様のお電話に応えるものです。予定に無かった信徒の皆様のいろいろの要求に答える人です。急に予定を狂わせるいろいろのできごとがあります。以前よりはスケジュールが歪んでも笑顔で対応できるようになりました。しかし、それでもまだまだ足りないです。
私たちに時間に関する信仰が必要です。私たちは忙しい都会に住んでいて、時間を細かく分けて大事に使っているので、時間に縛られています。私のスケジュールが大事で、余計なことには関わりたくない傾向があります。私の時間、私のスケジュール、私の都合が第一の優先順位で、余計なことに関わりたくありません。私に与えられる時間、今日のスケジュール、確か私の時間であり、私の大事なスケジュールですが、時によっては私の時間ではありません。
私の時間の主導権は主なる神が握っておられるので、私の時間のようで、私の時間ではありません。ですから、私たちは急に一日のスケジュールが変わる時、主の御心を求めたいです。何かがあるのではないか? 急にスケジュールが変わる時、スケジュール調整をしますが、その時も主の御心を求めたいです。自分中心に時間調整しないで、もう一度主の御心を求めたいです。
二人の強盗の中、イエス様の右にいた強盗は悔い改めました。イエス様のせいで急に人生の終わりを迎えたので、最初は腹を立てましたが、最後は悔い改めたので、パラダイスの永遠の時間が与えられました。
イエス様の代わりに十字架を背負ったクレネ人シモンはイエス様のせいで一日のスケジュールがおかしくなって、長い旅の喜びも台無しになりましたが、彼も一日のスケジュールがおかしくなったおかげで、イエス様を信じて子どもたちまで救われ、永遠の時間が与えられました。 私の時間、私の人生計画は大事なので、大事だからこそ、私たちの心と頭を縛ります。私のスケジュールが大事なので、大事だからこそ自ら縛られます。この年、私の時間、計画、スケジュールに縛られると自由も無くなり、幸せも無くなり、時間も無くなります。時間というものは限られている資源です。限られている資源なので、大事に分けて使っていますが、大事に使ってもどうせ限られている資源です。限られている資源を節約する方法よりは増やす方法を考えた方が良いと思います。時間は神さまがくださるプレゼントです。神がくださる時間を使えば良いです。神様から頂く方法は私の時間、私のスケジュール、私の未来計画を主に委ねることです。明日のことをなぜ、心配しておられますか? 未来のことをなぜ心配していますか? 心配してもどうせ計画通りいかないのに。時間の主が私の中におられるのに、イエス様に全部お任せすれば良いです。私たちが寿命を延ばせる方法はありませんが、主があわれんでくだされば働ける時間を延長してくださることはあります。
