私達にとってイエス様を信じる信仰と言うのは何でしょうか? そして、私達が毎日直面している現実と言うのは何でしょうか? 皆様はイエス様を信じることで、厳しい現実を乗り越えた経験がありますか? 反対に、今までイエス様を信じてきたのに、まだ助けられた経験がありませんか?
今日の箇所から私達は二人の信仰と現実に関してみてみたいです。ペテロの立派な信仰告白と厳しい現実があります。そして、イエス様の厳しい現実と信仰告白があります。
1.ペテロの信仰と現実
(1)ペテロの信仰
イエス様とペテロの信仰に関する会話が続きます。
27イエス様:「あなたがたはみな、つまずきます。」
29ペテロ:「たとえ皆がつまずいても、私はつまずきません。」
30イエス様:「あなたは三度わたしを知らないと言います。」
31ペテロ:「(死んでも)あなたを知らないなどとは決して申しません。」
イエス様はペテロに予言しました。これからペテロがイエス様のことでつまずきますと言われました。しかし、ペテロは絶対躓きませんと反論しました。現在の段階ではまだ、分かりません。ペテロがイエス様の予言通り、つまずく可能性もあれば、ペテロの信仰告白通り、躓かない可能性もあります。この場でいくら議論しても結果は分かりません。実際の未来にならないと誰も分かりません。
私達はたまに信仰の議論をする必要があると思います。東京教会はコロナ以後、午後の時間が無くなりましたので、信仰に関して互いに話し合う時間が無くなりましたが、教会の交わりには信仰の議論が必要だと思います。
信仰に関して議論すると互いを理解することになります。しかし、最後まで議論しても答えはありません。結局、時間が経ちますと結論が明らかになります。信仰に関して話していた通り、従うかどうかで明らかになります。
さて、イエス様とペテロの信仰の議論はもっと深くなりました。ペテロはこれからイエスの事は知らないと言うことになるとイエス様が予言なさいました。ペテロは死んでもそんなことはありませんと否定しました。「死んでも、決して」。信仰の堅い決心です。ペテロだけでなく、他の弟子たちも同じく、「イエス様のためなら、何でも」と決心しました。信仰の決心は決心そのもので良いです。大事なのは信仰が決心通りなるかどうかです。信仰の堅い決心を粉々にするくらい、現実も厳しいです。
(2)ペテロの現実
ペテロの信仰告白は立派でしたが、口だけでした。体が疲れ果てて、イエス様と一緒に祈る事すらできませんでした。ペテロの現実を表すことばが「眠っている」です。眠っていることが何回も繰り返します。
34「ここにいて、目を覚ましていなさい。」
37ペテロに言われた。「シモン、眠っているのですか。一時間でも、目を覚ましていられなかったのですか。
38霊は燃えていても肉は弱いのです。
40弟子たちは眠っていた。まぶたがとても重くなっていたのである。
41「まだ眠って休んでいるのですか。」
「霊は燃えていても肉は弱い」のが現実です。祈らなければならない時、まだ眠っている、まだ眠っているのが現実です。まだ、厳しい現実でもないのに、これから本当の厳しい現実が始まるのに、ペテロはすでに躓いています。
2.イエス様の現実と信仰
(1)イエス様の現実
イエス様の厳しい現実は一人ぼっちである孤独です。孤独はとても怖い現実です。三人の弟子たちに一緒の祈ってもらうために連れて行きました。ペテロ、ヤコブ、ヨハネの愛する三人の弟子たちは一人ぼっちのイエス様を支えられる友達です。
33ペテロ、ヤコブ、ヨハネを一緒に連れて行かれた。イエスは深く悩み、もだえ始め、
34「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。」
35地面にひれ伏し、できることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈られた。
36「どうか、この杯をわたしから取り去ってください。」
39イエスは再び離れて行き、前と同じことばで祈られた。
イエス様は私達と同じく孤独の中、一緒に支えてくれる友が必要です。親しい友達がついていると励みになりますが、三人の弟子は祈りませんでした。イエス様は結局、一人ぼっちです。
信仰の最後の瞬間は自分一人と神だけの孤独な道です。イエス様の現実は本当に死ぬほどと言えるくらい厳しいものでした。「深く悩み、もだえ、死ぬほど、地面にひれ伏し」。これらの単語はイエス様の厳しい現実を現す言葉です。私達と同じく人間の体を持っておられる人間イエスの苦しみが私達にも伝わります。私達も人生の中、頻繁に直面することです。
(2)イエス様の信仰告白
36「しかし、わたしの望むことではなく、あなたがお望みになることが行われますように。」
39イエスは再び離れて行き、前と同じことばで祈られた。
41時が来ました。見なさい。人の子は罪人たちの手に渡されます。
42立ちなさい。さあ、行こう。
イエス様は厳しい現実の中でも、最後は父なる神の御心に従いました。
「あなたがお望みになることが行われますように。」
深く悩み、もだえながらも主なる神の御心に従いました。
3.日々悩む私たちの現実と信仰
私達の信仰と現実にイエス様はこのように言われました。
「霊は燃えていても肉は弱い」
私達が直面する現実がどれほど厳しいかイエス様もご存じです。そして、現実を克服するのが難しいこともご存じです。私達も自慢してはいけないことは「霊は燃えていても肉は弱い」からです。
私自身に言い聞かせたいイエス様の忠告です。メッセージの中、いろいろ偉そうに信仰の話をしました。自分自身の信仰の覚悟を皆様と分かち合いました。霊に燃えて、熱いメッセージをしました。しかし、まだ、厳しい現実の中、実行したわけではありません。今はまだ、メッセージだけです。メッセージは未来の実行と共に完成します。
人間は肉が弱いので、現実を乗り越えるのは難しいです。現実を乗り越えるためには主なる神の助けが必要です。祈りによって乗り越えることができます。イエス様も必死に三回も祈られてから克服しました。 私達はなおさらです。主のあわれみと助けが必要です。私達の信仰は厳しい現実の中、本物となります。私達の信仰告白は厳しい現実の中、立派なものとなります。
